稟議や4月始まりの年度予算を、米国本社にどう説明するか

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2026年9月30日更新

「お客様、製品は気に入ってくれてるんだよね? なのに、なんで今四半期に契約できないの?」

外資系のテック企業で日本を担当していると、形を変えて何度も聞かれる質問です。私は2021年11月、Vercel初の日本語対応カスタマーサクセスとして入社しました。本社はサンフランシスコ、私は大阪からフルリモートです。その後アジア太平洋・日本(APJ)のカスタマーサクセスチームのリードになり、2025年9月からは日本の暫定カントリーマネージャーも務めています。肩書きは変わっても、時差16〜17時間の相手に日本の事情を説明するという仕事は、ずっと同じです。

お客様側の話は別の記事に書いたので、今回は社内向けの話です。日本で働いている方にとって稟議や年度予算は当たり前ですが、それを知らない人に、計画に使える形で伝えるのは意外と難しいものです。外資系で日本を担当している方と、日本のお客様と仕事をする海外チームの方、両方を想定して書いています。

先に結論を書いておきます。日本の大企業では、製品を気に入ってくれる人と、それを承認する人はたいてい別人です。そして、こちらの四半期よりもお客様のカレンダーの方がずっと大事です。

稟議と根回し:誰が決めているのか

本社には「稟議は承認ワークフローのことです」と説明しがちですが、それだけでは足りません。本当に伝えるべきなのは、担当者が、こちらが会うこともない人たちに向けて、こちらが目にすることもない書類で、この製品を推してくれているということです。その稟議書の出来は、こちらが渡す材料次第です。たとえば次のようなものです。

  • 稟議書にそのまま貼れる、日本語の1枚資料
  • 円建ての価格と、その前提条件
  • 他の選択肢との比較(一定額以上は相見積もりが必須という会社も多いです)
  • セキュリティの回答と国内の導入事例(どちらも後述)

早い段階で必ず聞いておきたいのが、「どの会議を通す必要があって、それはいつですか?」です。その会議に間に合わなければ案件は1か月ずれますが、お客様側はそれを「遅れ」とは思っていません。本社には、この会議の日付をそのまま伝えましょう。

「前向きに検討します」を、そのまま「positive」と報告するのもやめましょう。これはYesではありません。かといってNoとも限らないので、次のステップは何か、ほかに誰が確認するのかを聞いておきます。

4月始まりの年度がペースを決める

日本の大企業や官公庁の多くは4月〜3月の年度で動いていて、上期(4〜9月)と下期(10〜3月)に分かれています。翌年度の予算はたいてい秋から冬にかけて組まれ、4月までに承認されます。その予算に入っていなければ、期中に買うには別途説明が必要になるか、翌年度まで待つことになります。

本社のカレンダーにも入れておいてほしいのは、次の時期です。

  • 3月末:年度末なので、新規契約と更新が集中します(規模は小さくなりますが、9月末も同じです)。
  • 4月:人事異動の季節です。担当者が異動すれば、後任の方は「なぜこれにお金を払っているのか」を一から理解するところから始めることになります。
  • ゴールデンウィーク、お盆、年末年始:承認はほとんど進みません。

特に影響が大きいのが更新です。価格やプランを変えるなら、お客様の予算が組まれる前に伝える必要があります。4月更新なら、前年の秋です。2月に値上げを伝えても、すでに承認された予算には収まらず、稟議のやり直しになります。

為替も同じです。予算は円で承認されるので、ドル建てで請求していて円安が進めば、承認済みの金額では請求額をまかなえなくなります。できれば円建てで見積もり、難しければ余裕を持たせた金額にして、その旨を提案書に書いておきましょう。

請求書払い、銀行振込、取引先登録

米国のSaaSはクレジットカード払いを前提にしていることが多いのですが、日本の大企業は請求書払い(銀行振込)が基本で、支払条件も「月末締め翌月末払い」のような形が一般的です。そもそも法人向けソフトウェアをカードで払えない会社も珍しくありません。

最初の発注の前には取引先登録があります。会社の書類や振込先の情報、反社チェックなどが必要で、数週間かかることもあります。担当者がどれだけ製品を気に入っていても、ここは省けません。そのあとに見積書、注文書、請求書と続きます。この流れは一度図にして本社と共有しておくと、話が早くなります。

2023年10月にはインボイス制度も始まり、経理部門は請求書に登録番号があるかを確認します。自社の請求書に登録番号が必要かどうかは、米国法人から直接売るのか、日本法人を通すのか、販売代理店経由なのかで変わります。お客様の経理から聞かれる前に、自社の財務チームに確認しておきましょう。

日本語のドキュメント、サポート、セキュリティチェックシート

開発者は英語のドキュメントも読んでくれます。ただ、承認する人、運用する人、監査する人は、提案書もサポート体制の説明も障害報告書も、日本語で出てくるのが当然だと考えています。利用規約に日本語の参考訳があるだけでも、法務の確認はかなり楽になります。

サポート体制も、はっきり文書にしておきましょう。東京で朝10時に報告された問題は、サンフランシスコでは前日の17時か18時に届きます。誰が、何語で、いつまでに返答するのかを、日本語で書いておきます(時差の計算は別の記事にまとめました)。

そしてセキュリティチェックシートです。たいていはExcelで、数百行になることも珍しくなく、形式は会社ごとに違います。SOC 2のレポートは役に立ちますが、シートの代わりになることはまずなく、全行への回答を求められます。日本語のマスター回答集を作り、各回答に根拠(レポートの該当箇所やドキュメントのページ)を紐付けて、常に最新にしておきましょう。1社目は大変ですが、2社目からはほとんど使い回せます。

国内の導入事例がなぜ大事なのか

「国内の導入事例はありますか?」は、商談の早い段階でほぼ必ず聞かれる質問です。米国の有名企業のロゴにも興味は持ってもらえますが、承認する人たちが納得するのは、同じ業界の日本企業の事例です。日本語の事例記事があれば、担当者はそれを稟議書に添付できます。

事例づくりへの投資は、早めに本社にお願いしておきましょう。私がミートアップやパートナーとのハンズオン、Qiita Conferenceの基調講演のような場に時間を割いているのも同じ理由です。日本では、日本語で名前を見かける存在になること自体が、営業の一部だと思っています。

SIerとパートナー

日本の大企業の多くは開発を内製せず、SIerと組んでいます。毎日実際に製品を触っているのはSIerのエンジニア、ということも珍しくありません。SIerが製品に慣れてくれれば推薦してもらえますが、そうでなければ、使い慣れたものが黙って選ばれ続けます。

販売代理店やパートナーは、本社が一番苦手な部分を引き受けてくれます。円建ての請求、取引先登録、日本語での一次サポートなどです。パートナー経由の案件は数字の上では利益が少なく見えますが、それで省ける手順の数も含めて評価してほしいところです。一緒に動く効果も大きく、2025年10月にはAWS Startup Loft Tokyoで、AWS、クラスメソッドと合同でハンズオンを開催しました。

本社が動けるフォーキャストにする

本社が必要としているのは、計画を立てられる日付です。「前向き」「感触がいい」といった形容詞は、具体的な答えに置き換えましょう。

本社の質問 日本で確認すること
予算はある? 今年度の予算に入っているか、来年4月からか
誰が決める? 稟議の決裁者は誰で、どの会議を通るか
いつ契約する? その会議はいつで、取引先登録は済んでいるか
リスクは? セキュリティチェックシート、為替、4月の人事異動

フォーキャストは自社の四半期末ではなく、お客様のカレンダーに合わせます。自社の四半期が3月や9月に終わらないなら、日本の案件がどの四半期に着地するかを早めに伝え、その見立てを崩さないようにしましょう。期末の値引きで稟議が速く進むことはありません。むしろ「最初の見積もりは何だったのか」と思われるだけです。値引きの代わりに、手順をひとつ減らせるものを出しましょう。円建ての見積書、日本語の資料、記入済みのチェックシートなどです。

両方へのアドバイス

日本担当の方へ:

  • 「日本は違うので」で済ませず、どの手順で、それが何月何日なのかまで伝えましょう。
  • 報告は英語で、本社のツールに、本社のステージ名を使って書きましょう。月1回の長い電話より、週1回の短いメモの方が伝わります。
  • 使い回せるものは、一度しっかり作っておきましょう。日本語の1枚資料、セキュリティの回答集、円建ての価格表などです。

海外チームの方へ:

  • 雰囲気ではなく、カレンダーを聞いてください。決算期はいつか、どの会議で承認されるのか。
  • 日本での成長を期待する前に、日本語のドキュメント、サポートの対応時間、導入事例に投資してください。
  • 円建ての価格、支払条件、書類の形式は、現地チームに任せてください。
  • 大事な会議には、日本まで来てください。

次に日本の案件がずれたら、どの会議に間に合わなかったのかを聞いてみてください。

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